ダウンタウン暮らしで見えた新しい風景
2024年11月から2025年2月半ばまで、ロサンゼルスに派遣されました。ロサンゼルスは30年前にも一度駐在していた経験があるため、再びアメリカでの生活を楽しみにしていましたが、今回は当時とは異なるロサンゼルスを目の当たりにしました。
今までの日本の在外公館へのエンジニアリング派遣経験は、途上国三か国でした。最後のモザンビークから帰国後に、コロナパンデミックで社会が一変したため、派遣業務での海外渡航を遠慮していました。その後、コロナも落ち着いた2024年、思いがけず米国・ロサンゼルスでの仕事の話を頂き、感謝の思いで即受諾しました。
業務内容は、公館の改修に関わる現地設計事務所と日本総領事館の間に立った調整が中心でした。総領事館は高層ビルの17階にあり、私は徒歩圏内にアパートを選び、ロスでのダウンタウン生活が始まりました。ダウンタウンは、かつて自分が住んでいた郊外の住宅地とは異なり、新しい発見の連続でした。
中央が総領事館の入るビル
ダウンタウンの生活と公営交通機関
30年前の滞在では、通勤は社用車、家庭生活は自家用車を運転し、公営交通機関を使うことは皆無でした。公営交通機関は危いので出来るだけ避けるべし、というのが、いわば当時の日本人駐在員の常識でした。しかし今回は、短期間の派遣であり、車を持てなかったため、公営交通機関を使うことで、30年前にはわからなかったロサンゼルスの姿を知ることもできました。
電車もバスも距離にかかわらず、一回の運賃が1ドル75セントでした。運賃は、日本のスイカのようなカード(モバイルも)で支払うのが普通なのですが、バス乗客の中には運賃を支払わない人も多くいるのには驚きました。「乗っていい?」と聞いてから乗る人もあれば、堂々と無賃乗車する人もいます。ドライバーは鷹揚にその人々を受け入れています。明らかにホームレスとわかるような人々もバスを利用していました。乗客の殆どがヒスパニック系の人々で、アフリカ系アメリカンが少々、白人系は皆無でした。
また、2025年1月にロサンゼルスで大規模な山火事が起きたとき、被害にあった多くの人々のために、ロサンゼルスの公営交通機関は1月9日から、すべてのバスや電車の運賃を無料にして支援していました。弱肉強食のアメリカというイメージですが、こういう支援プログラムに懐の深さも感じたものです。
アメリカの影
今回アメリカの物価の高さには驚きました。円安も加わりスーパーで売っているサンドイッチが1.000円程度もするのですから、日本の物価上昇はまだましなのかも知れません。また、車のないダウンタウン生活では、なんと言っても買い物が大変でした。飲料水、ジュース、牛乳をはじめ、日々の食料品や日用雑貨を自分で運ぶことは大変な重労働でした。なるほど、バスに乗っている乗客の多くが大きなカートを持っている訳だと思いました。私も、彼らにならって買い物カートを購入しました。
実は、滞在して間もない頃、一度大変怖い思いをしました。リトルトーキョーで買い出し後荷物を抱えての帰り路、グーグルマップを使って帰りのバス停を探しているうちに、段々と両側の歩道にホームレスの簡易テントとゴミが増えてきました。しかし、バス停まで行かなければ・・・と急ぎ足で進むうち、道の両側にびっしりと無数のテント、そして数えきれない数のホームレスの人々が!! 足を踏み入れるのは危険といわれていると地区“スキッド・ロウ”に入り込んでしまっていたのです。 ようやく来たバスに駆け込み事なきを得ましたが、聞きしに勝る光景でした。この他自分の滞在したアパート周囲にもたくさんのホームレスの人々がおり、この人々について日本ではみたこともないような風景も目の当たりにしました。
このような経験もあり、トランプ大統領の就任以降、社会の分断が更に進んでいることも感じました。移民問題への強硬策を推進するトランプ大統領やICE(移民・関税執行局)に対する抗議として、多くのヒスパニック系移民の人々が一時高速道路を占拠してデモを行ったり、一般道でもたくさんの車がメキシコ国旗等を掲げ、クラクションを鳴らしてダウンタウンを走り回ったりして、一時的に交通がマヒするような事態も起きました。最初は、メキシコの祭日か何か、と能天気に考えていたのですが、そんなことではなかったのです。移民の国アメリカで、移民の人々が直面している困難を垣間見たことも、強く印象に残りました。
日常生活と楽しみ
週末には、近くの朝市で新鮮な果物や卵を買い、リトル東京で海鮮等の日本食材の買い物を楽しみました。コリアンタウンで人気の焼き肉店に行きましたが、肉の量には驚いたものの、期待した味ではなく少し物足りなさを感じました。偶然、アパートの近くに、「牛角」を見つけて日本の焼き肉の味に大満足でした。また、レンタカーを借りて、30年前に自分が設計を担当した建物等を訪ね、今も美しさを保っていることに安堵しました。
左側二つ目が滞在したアパート
リトル東京の大谷の壁画
最後に
ロサンゼルスでの滞在は、私にとって新しい視点を与えてくれるものでした。ダウンタウンでの生活を通じて、アメリカの社会の現実を肌で感じることができました。今回の滞在中、事故に遭うこともなく安全で恵まれたものでありましたが、その中でもアメリカの真の姿を目の当たりにしたことは貴重な経験でした。まだまだ知らぬ世界を見るためにも、またお手伝いできることを願っています。